クロネコです。
今日も何とか更新しますので、三日坊主は完全に回避できたわけです。
さて、『三日坊主』という言葉、なぜ『坊主』なのでしょう?
ちょっと調べてみました。
僧修業というのはかなり過酷で、その実態に触れると並大抵の心構えではとても長続きしないそうです。
中途半端な覚悟で頭を丸めて坊主にしても、三日も経たないうちに音をあげて俗界に戻ってしまうのが常。
こうしたことから『三日坊主』という言葉が生まれた、との事でした。
人間、勢いだけじゃダメって事ですね。
私も無理しないでやっていきますよ。
ただ、私のパソコンの1発目の変換が『無利子ないで』となってしまい、俗界の厳しさも同時に教えられて(しかもパソコンに)少し凹んだ今日の更新。
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